メイクが行われる控え室は、梓ちゃんのお城だ。メイク用品の粉っぽさに、ヘアアイロンの焦げ臭さ、そして梓ちゃんの甘い香り。
「はい、座って」
メイク中の梓ちゃんは普段と少しだけ違う、張り詰めた雰囲気を纏っていた。自然と開かれた俺の脚を、閉じて固定するように自分の足で挟む。柔らかい太ももの感触や、ぐいっと近づく綺麗な顔に、自然と胸が高鳴った。
「目、閉じて」
ここでは誰もが彼女の言いなりだ。考えていることだって、息遣いで悟られた。意識すればするほど呼吸は荒くなり、きっと梓ちゃんはメイクを施すその右手でそれを感じ取っている。黙ったまま、にこりともせず、カラフルなパレットから色を取る梓ちゃんの左腕は、アイシャドウの試し塗りやらなんやらで、色んな線がぐちゃぐちゃと引かれていた。
彼女の不可侵の聖域の中で、彼女がつくる自慢の作品となっていく。たまらなく甘美な時間。こんな空間が、他のキャストに平等に与えられていることが、どうしようもないくらい妬ましかった。彼女のこの独特の香りも、真剣な顔も、俺だけ知っていれば良かったのに。そう思うと、自然と体が動いた。
「っ……あー!動くなっつったじゃんアイラインずれた……!ふざけんな……」
「ごめん、じっとしてるの耐えられなくなっちゃって……」
こうやって手間を増やせば、少しでも長くここに居られるから。そんな子供らしいことを考える自分に呆れていたら、ぐいっと頭を引っ張られて、唇にやわらかな感触。
「これは、アンタにしかしないわよ。満足した?」
やっぱりこのメイク室は、彼女の城だ。ここでは嘘をつけない。彼女の聖域。
「俺の死化粧、梓ちゃんがやって?」
「それプロポーズ?」
息絶えるなら、この部屋がいい。