※痴漢・性加害を想起させる描写があるので注意
その瞳は、何もかも暴いてしまう恐怖を駆り立てた。
「ほっといてよ」
吐き出した声は思ったよりも震えていて、それに自分で驚いた。幸村は怯むでも腹を立てるでもなく、変わらず私を見据え、やがて口を開いた。
「……ねえ、東雲、落ち着いて聞いてね。俺はお前のことをおびやかしたいわけじゃない」
そんなこと、わかっている。悪意なく、ただ当然のように、興味の有無がはっきりしているだけの竹を割ったような性格。柔らかな物腰と時折感じる圧のようなものに印象が引っ張られがちだけど、この人は何処までも正直で素直だと、1年の時から多分わかっていた。言葉を返さない私に、幸村は続ける。
「それを念頭において、聞いてほしいんだけど」
「嫌だ」
「東雲の退部を惜しむ声が聞こえたよ」
こいつ、人の話聞かないな。お前の抵抗など、意思など、取るに足らないと言われているようだった。淡々と不快感を覚える。らちが明かなくなりそうだったので、学校に向かって歩き出しながら「……どこで」と尋ねる。連れ添うように幸村も並んで歩きだした。
「……部室棟あたり。跳ぶ姿が、綺麗だったって」
尚も視線はこちらに向いていることを肌で感じた。相変わらず私の視線は目前の海を見据えていた。学校は目と鼻の先。私たちはこれから二人きりの教室で3コマ、半日強授業を受ける。そんなことはお構いなしに、私は、もはやいっそのこと傷つけてやろうと、その時強く思った。幸村がもう私に近寄らないような傷つけ方を。
「もう、跳びたくない」
「どうして?」
思った通り、彼は問いかけた。
「幸村には、絶対わからない。体が変わって、男子になんか負けなかったのに、追い抜かれて」
矢継ぎ早に私は続ける。
「変な目で見られて、全然知らないおじさんに気持ち悪い声で応援される」
ちょうど校庭を通りかかり、女子陸上部が練習をしているのが見えた。一角に、走り高跳びのバーとクッション。セパレート型のユニフォームを着た部員がストレッチをしている。短いズボンが太ももの付け根までずり上がり、面倒そうに指をひっかけて直す仕草が見えた。その光景から、幸村は何となく目をそらすのが気配でわかった。
「競技中も、ただベンチで水飲んでる時も、盗み見るみたいにシャッター音が聞こえる。……写真が、動画が、ネットに勝手に上がってる。気持ち悪いコメントがつく」
声が震えて、心臓がぞわりと波立った。これは、自分のかさぶたもはがす行為だとわかっていた。でももう、今更引けなくなっていた。こんなところで発作を起こしては無様にもほどがあるので、必死で深呼吸をする。
「見たでしょ、幸村も、今朝の。女ってだけで、あれなの。中2くらいから、着実に増えてる」
「……うん」
「私自身が削られるみたいだった。跳ぶのは好きだったけど、私が削られるくらいなら続けていたくない。……楽しくなくなった」
最後は半ば自分のためのように、あふれて止まらなかった。
幸村には、わからない。絶対に。
最後にそう絞り出して、ようやく息をついた。言ってやった。罪悪感を与えてやった。共感のしようのない領域に、むやみに踏み込んで、暴いて、中途半端に散らかしてしまったという罪悪感を。もう私に近寄ることもないだろう。こんな、地雷だらけのひねくれた存在に。そう思って、一向に口を開かない幸村。きっと、バツの悪そうな表情をしているだろう。表情を盗み見た。
幸村は、叱られた犬のような顔をしていた。眉間にしわを寄せ、唇を尖らせ、うつむく姿は、幼い子供のようにも見えた。思った通りどころか、それ以上にダメージを受けている様子に動揺する。こんな顔、するのか。ひどく後悔した。