1.

 クラスメイトの幸村精市が入院したらしい。

 「同じ時間を共有していなくても彼はクラスメイトの一員だ」と神妙な面持ちで話す担任、そんなぁと悲しげな声を上げる女子の声、その他もろもろ。を、ぼんやりと聞きながら、私は「ああ、だからか。今朝はいやに校内がざわついていたな」などと呑気なことを考えていた。薄情なものだ、彼は仮にもこのマンモス校立海で、2年連続同じクラスだというのに。しかし、生憎彼にはいい印象を持っていなかったから「ああ、お気の毒にね」それ以上も、それ以下も、思えなかったのだ。

 初めて彼を認識したのは、入学式のときだった。ずいぶんと早い時間に会場に着いてしまった私はひどくナーバスで、クラスごと、出席番号順に割り振られた、人もまばらな座席にぽつんと座ってうつむいていた。じんわりとした居心地の悪さと緊張を持て余していたとき、ふとふわりと、日曜日の洗い立てのシーツのような、あたたかい香りが鼻をかすめたのを覚えている。ほとんど条件反射で顔を上げると、しゃんと背筋を伸ばして前の列を歩くその人と目が合った。はたと大きな瞳を丸くして、すぐににっこりと笑い「よろしく」。彫刻みたいな顔だ、と思った。これが、私が思い出せる中で「いちばんマシ」な記憶。

 幸村精市は、とにかく興味の有無がはっきりしている。悪意なく、ただ当然のように。というのも、私が「興味なし」の側に置かれている自覚があったのだ。

 あれ、と最初に思ったのは、彼がよろしくと笑ったすぐあとのことだった。入学式、新入生全員の点呼。日本ではあまりメジャーではない響きを持つ私の名前は、ついこの間まで小学生だったこどもたちには十分珍しい。日本の小学校で散々からかわれた私は、中学一年生ながら既に諦念に似た感情を抱えていた。案の定、担任となるらしい教師が「東雲リラ」と呼んだ時、周囲の顔は一斉に私の方を向いた。ただ一人を除いて。幸村精市だけが、そんなことは気にも留めないといった風に、凛と前を向いていた。

 次にあれ、と思ったのは、またもやそのすぐ後のことだ。体育館から教室に向かい、一人ずつ改めて自己紹介をする時。「ゆきむら」と「しののめ」は、男女別・50音順の出席番号で順番に座席を割り振ると、隣の列、私が彼の斜め後ろに座る形になる。私の番の自己紹介で、彼はクラスメイト同様私の方に顔を向けていたが、名前を言い終わらないうちに、まるで興味がないとでも言うかのように前を向き直った。自己紹介が済んで着席したあと彼を見やった時、退屈そうに手元の電子辞書を眺めていたのがいやに目についたのを覚えている。

 この時に既に、「あれ」は「なるほどね」に変わっていたと思う。触らぬ神に祟りなし。生憎疎まれるのには慣れていた私は、そっちがその気なら、と極力彼と必要以上に関わらないことに徹した。

 中性的な顔立ち、分け隔てない穏やかな物腰、その上成績も優秀で部活まで異例の1年レギュラー入り。意図的に関わらないことに決めた私の元にさえ彼の輝かしい評判が届いたが、幸い交流の機会は皆無に等しかった。

 あると言えば、部活の前後やトレーニング中に、ただすれ違う程度。1年の夏、初めてできた恋人と部活終わりに帰ろうと連れ立ったとき、偶然にも視線がかち合ったことがあったが、彼はただ感情の読めない、すとんと平坦な表情で目を細めた。「幸村くんはあれほどまでに人気があるのに恋人を作らないらしい」というのは聞く気がなくても耳に入る噂である。きっとあの時は恋愛にうつつを抜かしているアホ女と思われたんだろう。

 ……なんて、走馬灯のように幸村精市の記憶をたどっているうちに、盛大に眠りこけてしまっていたらしい。学校の王子様の一大ピンチだというのに居眠りなんて。この日向けられた非難の視線はすさまじいものだった。