リラの症状は、復帰すれば完治というわけでもないらしかった。
たまに授業中に眠る。うとうと舟をこぐというより、いきなりスイッチが切れるみたいに落ちるから、横目で見ている俺はいつまでも慣れない。
情動性脱力はだいぶ減ったように見えたけど、たまにかくっとへたり込む。一回の持続時間は基本的には数秒とのことで、すぐに持ち直す。俺はそれを遠くで見かけてハラハラするときもあれば、支えられる時もあった。
昼休みは、食後足早に保健室に向かうのが見えた。以前リラが症状名を教えてくれた後、俺は一通り調べていたので、それが計画仮眠のためだとなんとなく察しがついた。俺も俺でまだ服薬と体調チェックが必要で、昼休みの終わりごろ保健室に向かうと、奥のベッドのカーテンからのそのそ出てくるリラと鉢合わせることも多かった。
リラは、自分の病状をクラスメイトに周知せず、教師と、ごく一部の親しい友人にだけ共有することを選んでいた。俺は、それを時たまもどかしく感じていた。無知が発端の無配慮や誤解が、いつかリラを脅かす気がして怖かったから。
ほら、やっぱり。そう思う出来事はすぐに訪れた。
文化祭準備、クラスで話し合いが行われている時。俺とリラの「病み上がり組」は話し合いの中で、準備期間の負担が軽く、かつ当日欠けても出し物が回る係に配置しようと議論が進んでいた。
「二人とも、それでいいかな?」
話し合いを主導するクラスの女子がこちらを見た。大げさだとは思ったけど、特に異議もなく、あっても唱える立場ではないと思ったので、素直に彼らの配慮をありがたく承諾した。おかしさに気づいたのは、リラの反応がなく、俺たちに問いかけた女子が信じられないという表情をしたからだ。
はっとしてリラを見て、ちょっと、今はまずいかも。そう思った。リラはかくりと突っ伏して眠りに入っていた。「嘘でしょ?」ひそひそと声が聞こえる。「リラ」少し焦って肩をゆするとすぐに目を覚まし、クラスの光景を見渡して一瞬で状況を理解した様子だった。瞬間、リラの顔がかあっと赤くなる。あ、これは。なにか、予感のようなものがした。がくりと落ちた額が机にぶつかるのをすんでのところで受け止めた。情動性脱力だ。ここ最近見た中では一番重い。
ざわつく教室、教師は焦って立ち上がったが、それよりも早く身体が動いていた。
「保健室に連れて行ってきます」
そうっと彼女を抱えて教室を後にする。本気で彼女を案じる声に交じって、さげすむような、あざ笑うような、非難するような声が背中越しにちらほら。この無配慮なまなざしに、これ以上彼女を晒したくなかった。
ベッドに寝かせてもなおまだ力が入らないのか、人形のようにリラは横たわっていた。目の端には、少し涙がにじんでいた。発作の間、聴覚も触覚も生きている。外界で何が起こっているかは鮮明に近くできるそうだ。可哀想に。恥ずかしかっただろう。指の先で、慎重に、赤みがかった目尻をなぞる。まつ毛が俺の爪に沿ってやわらかにうねるのを見てなんだかむしょうに胸が詰まった。
「……お前を脅かすものから、守ってやりたいよ」
結局、リラが動けるようになったのはその数分後。弾かれたようにがばりと起き上がった後、深い深いため息をついた。傍の椅子に座る俺に気づいて、ぐっと顔をゆがめてうつむいた。
「うわあ、幸村、ごめん……」
「全然。もう大丈夫?」
「うん……、ありがとう」
大げさに心配するのをリラは嫌がったから、できるだけ気軽に尋ねてやる。安堵したようにリラの表情は緩まったのを見て、たまらず俺は切り出した。
「リラ、みんなに、知ってもらったほうが良いんじゃないか」
「……嫌だ」
「じゃあ、さっきのは、どうやって説明するつもりなの」
「寝不足」
「それじゃあ、誤解されたままじゃないか」
「……っ、話したって、気持ちの問題だって言われるだけじゃん」
リラが語気を強めた。ああ、悲しいことに見慣れてしまった、まだかみ合っていなかったときのあの表情。
リラの主張は理解できた。夏休みの職員室、会話はよく聞こえなかったけれど、陸上部の顧問がリラに向かって「幸村くんを見習ったらどうだ!」と吠えたのを覚えている。無知は無配慮と誤解を生むけれど、中途半端に知っているからこその無配慮と誤解もある。
「でも、リラ」
たしなめるように、慎重に顔を覗き込もうとする。俺が言葉を続けるよりも早く、リラはこう言った。
「……あんた、私のなんなのよ」
……そんなの、俺だってわからないよ。なんて、言えなかった。リラが、今にも泣き出しそうな表情で俺を睨みつけていたから。あ、と思って、手を伸ばそうとする。いつもはなんてことないリストバンドの加重が、この時ばかりはひどく重たかった。指先がリラの頬に触れるあと一歩手前というところで、ぱしん。リラの手が俺の手を弾いた。そのまま、顔を背けるように立ち上がり、走り去っていくのを、呆然と見ていることしかできなかった。
俺がお前のなんなのか、俺だって分からない。分からないよ。でも、ただ、俺に、お前を。
「……守らせてよ……」